なぜ未来を考えるのか。 -深刻化する問題から未来を透視する。-

Interview

なぜ未来を考えるのか。深刻化する問題から未来を透視する。

いま、未来を語るために、何を問う必要があるのだろうかーー。
その糸口を探るため、「未来デザイン・工学機構」の設立に深く関わった小野芳朗、水野大二郎にインタビューを行ってきた。語られたのは、今から50年以上前、日本が現在の地球環境問題、人口、観光、都市問題など深刻になり始めていたころに、新京都学派と後に名づけられた梅棹忠夫や小松左京らが構想した“過去の未来”を資産として引き継ぐことと、そして今、この時代に予測不能な社会に対峙するための「6つのCaveats(注意書き)」。
これらの問いかけをどのように実践することができるのか。今回、工学、建築学、言語学、デザイン学など本学所属の4人の研究者が会し、CPFが設立趣旨文として掲げた6つの注意事項をもとに、それぞれの専門領域にある課題と、その解決に向けてどのようなアクションが描けるのかをセッションした。

座談会参加者(五十音順、敬称略):
小野芳朗(本学 名誉教授)
木内俊克(本学 未来デザイン・工学機構 特任准教授)
深田 智(本学 基盤科学系 教授)
水野大二郎(本学 未来デザイン・工学機構 教授)
山川勝史(本学 機械工学系 教授)
山崎泰寛(本学 未来デザイン・工学機構 教授)

Round 03 山川勝史「未来はデータドリブンに予測可能なのか」

計算可能であることの課題と可能性

山川勝史
私が専門とする計算流体力学というのは、機械学と比べるとまだまだ先の見えない学問です。というのも、計算を行うコンピュータの発展に人間が関与することで効率化させていくものだからです。数百年というスケールのなかで導き出そうとしているんです。
次の世代にバトンパスしていくことを前提とした学問領域であり、私はそこにどっぷり浸かっているような人間なので、みなさんとは考え方も違うと思います。そんな立場から、今回の“宿題”を考えてきました。

山川
水野先生が解説されていた「6つのCaveats」。何度も記事を読ませていただいたんですが、まあ、正直よくわかんないです(笑)。哲学がいっぱい、横文字がいっぱいで。だから、全然裏をかいたような話ではなく、単純に計算流体力学がどう関わっていけるのかを話していきたいと思います。
たとえば、環境容量の限界に対するアプローチ。わかりやすいところで言えば、タービンや内燃機関の効率化によってどれくらいのCO₂を削減できるかを、「富岳」というスーパーコンピュータ(以下、スパコン)で計算したとします。このときスパコンを使うことで1時間におよそ26トン、年間で23万トンほどのCO₂が排出されるんですよね。つまり、計算自体を効率化できたとしても、同時に大量のCO₂を出していてはバランスが取れているとはいえません。
人間のためにとにかく使えるものを使って計算すればいいというものではなく、地球との共生を見据えたときに未来への対価として値する計算か。こういう考えがあってもいいんじゃないかと思い、投げかけさせていただきます。

山川
それから、コンピュータの精度が上がっていくと、Caveatsの2で示されたマルチスケールという問題が解けていきます。たとえばスーパーコンピュータ「京」に、生きた心臓の動きを再現させたUT-Heartというプロジェクトがあります。
心臓の細胞を分子レベルからモデル化して、分子から細胞、組織、臓器へと変化させ、細部の筋肉の動きもすべて再現してマルチスケールで計算する。これを、その頃の日本で最も早いスパコンをフル稼働させて計算しても、24時間で1回しか鼓動ができないんです。マルチスケールの計算というのはそのぐらい複雑で難しい。
ただし、この計算によって明らかになってきたのは、どの部分にどんなリソースが必要なのかということ。大事なところに適切なリソースを与えることで、そこから得られる知識を個人の研究活動に生かしていけるのではないかと考えています。

水野
一般的にはライフサイクルアセスメントをやろうとした場合、材料の調達、製品開発、流通、廃棄に至るまで、環境負荷物質がどれぐらい使われてるのかをソフトウェアに紐づいているデータベースから、いわば概算で積み上げているわけです。
つまり、山川先生たちがやっているような次元で細かく見るまでは至っていない。UT-Heartでは複雑系として人間を分析するためにスパコンを使ったみたいですが、産業生態系はこれよりも比較的楽にシミュレーションを展開できるんじゃないかなっていう気がしたので、Caveatsの6つ目のサーキュラー的な話と組み合わせると面白いかもしれません。

山川
サーキュラーデザインってほとんどが気体と液体の話なんですよね。やろうと思えばその動きはすべて計算できるので、その領域に流体力学が入っていないだけなのかなと思います。

何をもって未来を予測するのか

山川
計算流体力学における時間の概念というのは、初期条件から順番に決まっていくものなんです。つまり、初期条件が少しずれるとまったく違う結果に行き着きます。今の世の中に合わせた話でいうと、解いていく過程に異常気象や巨大台風などの予期せぬ出来事が入ってくるんです。その条件をきちんと入れられれば、ちゃんとその方向に動いていくので、未来予測に寄与できる可能性は十分にあります。
我々がやってきたのは、どうすれば着実に正しい予測ができるのかということ。どうあるべきかを考えるよりも、ちゃんとした未来を予測できるという技術をまずつくらなければなりません。
ひとつの対策として機械学習がありますが、ここには人間には理解できないような初期条件も入れてあげるといいのかなと思います。まさに異分野融合というかたちで、新たな知見を獲得していくことが大切だと感じています。

水野
これまでであれば、コンピュータにできないことで人間にできることは何かという議論は健全だったんですが、今年はChatGPTを筆頭に、AIの可能性と脅威が一般市民に一気に浸透した年だと記憶されることになるでしょうね。これからはもう少し議論の方向を変えた方がいいと思うんですよ。

水野
山川先生の話だと、初期設定がもっと複雑でもよくなりつつあることと、かなり複雑なパラメータを入れても多少無理はきくということがわかってきたように思います。
機械学習の進化の結果、今まであり得なかったような非常に複雑で一回性の高い条件や現象を取り入れていくとして、最後の意思決定を誰がどのようにするのかは非常に重要な社会課題になっていくでしょう。ただのリスク分析ではなく、もっと可能性が高くなっていくという趣旨の話だと思うので、まだ人類は遭遇したことがない部分ですね。

山川
我々の分野の難しいところはシナリオドリブンな話が出てこないことで、私一人ではデータドリブンな話ばかりになってしまう。だからこそ、研究者に限らず政治家や一般市民も含めた異分野融合によって条件設定をしていかなければ解けない問題がたくさんあるんです。

深田
初期条件は色々なものを考えておいた方がいいということでしたが、具体的にはどこまで条件として考えられるんでしょうか?

山川
過去の部分にはすでに決まった値を入れて、そこからスタートさせていくんですけれども、その条件自体が過去からの変化をもった動的な条件なんです。これによって、より“それらしい”結果を導き出すことができますし、初期条件から解くやり方のなかで最も多用される。私たちがやろうとしているのは、さらに発展的な部分の計算技術の研究なので、条件の部分についてはあらゆる知識や経験が必要になってくるんです。

深田
山川先生の飛沫の研究では、すごくクリアで数えられるくらいの条件で導き出された飛沫の綺麗なモデルが示されているのを拝見しました。私が思っていたより流動的で変化をもったシミュレーションが可能であると理解したのですが、現実世界のパラメータはもっと多様で複雑だと思うんです。

山川
そうですね、パラメータとしてはまだまだ足りていないと思います。ただ、複雑であればいいというわけではありません。
たとえば、飛沫って必ず液滴の中にウイルスが入ってて、その大きさがさまざまであるということはわかっています。大きなものは空気抵抗を受けてすぐに落ちますし、軽いものは蒸発して大体乾きます。0.1μ程度のものが空気と一緒に流れてくるので、空気の動きをシミュレーションすることで導き出すことができるんです。COVID‑19は拡大初期のころ、空気感染がないと言われていましたが、計算すれば空気感染の可能性も示すことができたんですよね。

流体力学を用い換気扇やエアコンなどの条件を設定し、空気を媒体とした感染を可視化できる。空気の流れを制御して感染を防ぐ「流体工学ワクチン」を提唱した。

山川
パラメータを細かくしていけば、イメージも明確になっていくと思います。でも、いくつかのパターンを実験したり細かく分析しても、報道などで扱われるデータはほんの一部。社会に広まるときには、前提条件を正しく伝えられていないという現実があります。

水野
そういう意味で、“もっともらしさ”を研究対象とせざるを得ないですよね。多くの社会的介入によって、研究結果があさっての方向に解釈されていくことはやはり問題なんだろうなと。

深田
逆に私はデータで明らかになった情報を受け取る側でしかなかったので、その解釈の仕方をもう少し見直す視点をもらえました。いろんな人と話して、何が正しくて何を信じるのかというのは、最終的に自分で決めなければならないかなと思います。

山川
我々としても、情報の公開までを含めて考えなければならないという認識はあります。

木内
都市・建築のリサーチャーという立場からすると、結局、いま世の中にどんなデータが存在するのかという問題に常に触れます。
以前、目の見えない方のナビゲーションをつくっているプロジェクトチームの方にヒアリングを実施したのですが、これには路上をカバーする衛生からのGPSだけは足りず、建物内のデータ通信のためのデバイスを、公共的なルート上にあるあらゆる建物の中に置いてもらう必要があったということです。つまり、このシステムが機能するためには、いかにプロジェクトの趣旨を理解してくれる協力者を増やすのかが重要な課題になっていったのです。
流体力学のなかで、このようなシミュレーションを社会実装する際の事例はあるのでしょうか。

山川
ちょうど未来デザイン・工学機構の異分野融合プロジェクト「KYOTO AGORA」のなかで構成されたメタバース・チームで、デジタルKIT(京都工芸繊維大学)をつくろうということになり、初めは部屋の画像を全部撮ろうとしてたんです。予算やデータ量の関係でそこまでは叶いませんでしたが、本来はすべて撮って、学内のすべての空間をデジタル化しようとしました。それから小野先生の提案で、洪水を想定して水を流してみたんです。どこから水が入るのか、流れ始める時間がいつなのかを推測できるようにしました。
このようなかたちで空間の情報ができてしまえば、この京都工芸繊維大学において視覚障がい者の完全な支援システムをつくることも可能だと思います。その成果物をコストや制作期間、使用感まで公開すれば、少なくとも大きな公共施設に関しては参加してくれるのではないかと期待しています。まずは、実践に移すことが必要ではないでしょうか。

学内の教員で構成されたメタバース・チームでは、京都工芸繊維大学松ヶ崎キャンパスのデジタル化を試み、洪水や浸水被害の予測を行った。

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